電通事件に見る「安全配慮義務」【判例シリーズ#05】

企業はどこまで従業員のメンタルヘルスに責任を負うのか?

「長時間労働によるメンタル不調」「パワハラによる退職や自殺」など、労働災害がニュースで取り上げられることも多くなりました。

その中心にあるキーワードが “使用者の安全配慮義務” です。

今回は、企業法務の実務でも必ず登場する有名判例電通事件(最判平成12年3月24日) を中心に、
企業が知っておくべき「メンタルヘルスと安全配慮義務」の考え方を整理します。


安全配慮義務とは?(カンタンにおさらい)

労働契約法5条では、企業に次の義務が課されています。

使用者は、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

つまり企業は、

「働かせ方によって従業員を危険な状態にしてはいけない」という法律上の義務を負う、ということ。

これは 過労死ラインを超える残業 だけではなく、メンタルヘルス・パワハラ・深夜勤務の偏りなど、幅広い分野で問題になります。


電通事件(最判平成12年3月24日)―何が問題だった?

ポイントは3つ:

① 異常な長時間労働

月100時間を超える時間外労働が常態化していました。

② 精神的に追い込まれる職場状況

深夜までの残業、休日出勤、過度のプレッシャーなど。

③ 企業側がリスクを認識しながら十分な措置を取らなかった

管理監督者は労働時間の実態を把握し、危険性を予見できる立場にありました。

➡ 最高裁は「安全配慮義務違反」を認定

企業は、従業員の健康状態に応じて業務量の調整・勤務時間の管理・医師の面談などを行う義務があると判断しました。


メンタルヘルス分野での安全配慮義務の内容は?

電通事件以降の判例でも、企業の義務は明確化されています。

(1)労働時間管理(把握する義務)

「把握していなかった」は通用しません。勤怠システム、PCログ、ICカード記録など客観的な把握が必要。

(2)過重労働が疑われる場合の措置義務

・医師の面接指導

・業務量の調整

・配置転換の検討

・勤務シフトの変更など

(3)ハラスメントの防止措置

安全配慮義務は、暴行やパワハラなどの精神的ストレスからも従業員を守る義務を含みます。

(4)本人の申告に左右されない「リスク認識」

「本人が大丈夫と言った」では免責されません。


企業の実務では何をすべき?(チェックリスト)

以下に1つでも心当たりがあれば改善が必要かも。

✔ 勤怠は“自己申告制のみ”になっていないか?(PCログとの二重チェックが必須)

✔ 月45時間超/80時間超残業の社員を放置していないか?

✔ 面接指導の案内をしていない社員がいないか?

✔ 部長など管理職のハラスメントを放置していないか?

✔ 産業医・保健師との連携が不十分ではないか?

✔ 36協定の特別条項だけで運用していないか?

安全配慮義務は、企業側の体制と日々の運用で判断される のがポイントです。


安全配慮義務に違反した場合のリスク

企業が何もしなかったり、対応が不十分だと…

❶ 損害賠償責任(数百万円〜数千万円)

慰謝料・逸失利益・弁護士費用など。

❷ 労災認定 → 企業イメージの毀損

電通事件以降「労災か否か」は社会的にも重視されます。

❸ 行政指導・改善命令

労働基準監督署の調査対象にもなりやすい。

❹ 退職者・メンタル休職者の増加による組織崩壊


まとめ(企業が“今すぐ”できること)

  • 労働時間の実態を把握(客観データ必須)
  • 月45時間/80時間超の社員に必ず対応
  • 医師の面接指導の徹底
  • ハラスメント防止措置の強化
  • 管理職教育のアップデート
  • 36協定の運用を「形だけ」で終わらせない

安全配慮義務は、企業の“努力義務”ではなく“法的義務” です。

とくに、従業員10〜50人規模の企業は「人が辞めたら業務が止まる」というリスクも大きいため、メンタルヘルス対策は経営課題そのものといえます。


参考(関連判例)


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